私はなぜ年齢を隠すのか

「私はなぜシリーズ」2つめでいきなり重めのをぶっこんでみたw。

私は今の会社に入社したタイミングで年齢を非公開にしました。SNS上のプロフィールの誕生日や学校卒業年は消し、磁気定期券に印字されている生年月日はシールで隠し、弟のネット上の誕生日も可能な限り削除したうえでなるべく絡まないようにして存在も隠蔽。

社内報の連載シリーズで「私の履歴書」的なインタビューを受けた時も、他の人は年齢をX軸にしたキャリアグラフになっているところ、私は頼み込んでX軸を西暦にして年齢をごまかした。

なぜそこまでして年齢を隠しているかというと、「年齢に実体がともなっていないのを恥じている」ということに他ならない。

同世代だと、アーティストで世界的に活躍している◯◯ちゃんや☓☓さん、ビジネスの世界では◎◎さんや△△さんが第一線で輝かしい功績を残している。(年齢隠しているため同世代を伏せ字にしたら全く伝わりませんねw)

それと比べて自分はどうだろうか、、と考えるとあまりにも差がありすぎて恥ずかしい。特に弊社には若い世代が多く、彼らの思い描く私の世代ってもっと「ちゃんと」しているはずだ。「あの人◯歳なのにまだあんな感じなんだ」って思われるのが恥ずかしい!!!

そもそもなぜ私は「ちゃんと」していないのか。それに気がついたのは今の会社に転職してからなんだけど、周りがとても「ちゃんと」していたからですw。

私がそれまで出会ってきた人たちは、若いうちからこんなに「ちゃんと」してなかった。前の会社は私が入社したときは超ドベンチャーで社員数人しかいなかったので、そんなところに「ちゃんと」した人が入ってくるはずもなく、変わった人が多かった。そして当時一緒に働いていた数人の女子はやはり未だに全員結婚していないw。

社外で出会う人もあんまり「ちゃんと」した人がいなかった気がする。まあそもそも2000年代前半に同世代でIT業界にいた人が少なかったし業界自体も「ちゃんと」した感じではなかったからかな。世界が「ちゃんと」してる人としていない人の間に見えない国境を引いているような感じ。

転職によってその国境を超えてしまったので、こっちの世界の若者はこんなに「ちゃんと」しているのか!と驚き、私に恥の意識が芽生えたのです。

これを解決するためには方法は2つに1つしかない。1つは年齢に恥ずかしくないくらい「ちゃんと」すること。正月早々酔っ払って吐いたりしないし、朝まで飲んでラーメンを食べないし、結婚して子供を育てて・・(だめだすでに無理ゲーだ)。2つめは「開き直る」こと。「ちゃんと」していない大人がいてもいいという文化を作り、自分が生きやすい世界にするための伝道師として生きていくこと。

まあ後者しか選択肢はないのですが、開き直る勇気が2018年にやってくるのかどうか。。同級生と飲むと「まだ年齢詐称してんのw」と言われますが、もうちょっとだけ大目に見てくださいませ・・・。

ところで、この投稿のアイキャッチ画像何にしようかな〜と思って、年齢を経る→年輪→バームクーヘンにたどり着く思考のバックグラウンドにピンときた方はぜひ友達になりましょう。